陽神の子ら(1)
【刀艦小説B】【一覧】




陽神の子ら


(1)


 常世は春。神々の住まう御社殿の庭園も、野花が赤に青に黄色にと咲き乱れ、にわかに辺りを浮わつかせている。瑞々しいみどりの芝生。その上に座り、傘を持つ私は膝に眠る小烏丸様を乗せながら、それを見ていた。


「ほらー、やま様。マジ私がきれーにしてあげっからさー。この布いい加減捨てなってー」


 さっきから付きまとっていた鈴谷はとうとう追い付き、神が頭から被っておられる襤褸を、ぐいと引っ張った。最初こそそのままお進みになろうとした山姥切国広様は、鈴谷があんまり強く引っ張るので動きを止め、横目に彼女をお睨みになる。


「……鈴谷。何回も言っている。俺に構うな」
「しょーがないじゃないですか。上の神が決めちゃったんだから。からかうの面白いし」


 と言って、すかさず取ろうとする鈴谷、の手を払いのけ、布を被り直される山姥切国広様。そしてやっとといった調子でおみ足を、前に一歩。だが、それ以上前にお進みにならない。なれないのだ。鈴谷がこれでもかと布を引く。流石は元重巡。殿方相手にえげつない程の強さだ。


「俺が直々に話を付けてやる。付けてやるから離せ」


 ぐぐぐ、と、襤褸の布。


「話を付ける前に、そのMKNどうにかしましょーよ」


 両側に引っ張られ、悲鳴を上げている。


「えむけーえぬとは何だ」
「マジできしょい布」
「わざとだ」
「ダメじゃん」
「……駄目じゃない」
「今何で少し黙ったの? ねぇねぇ何で?」
「うるさい」
「そんなんで神々の前に出れないってばーねー」
「やめろ。離せ」
「鈴谷がきれーにしてあげるってばー」
「要らないと言っている」
「――――またやってるんですか? 山姥切国広vs鈴谷の布の引っ張り合い」


 後ろから、呆れたような声がする。振り返る暇も与えず青葉は私の横に立ち、神と娘の戦いをしげしげと見る。常備のカメラは既に、撮影の体を取り始めていた。


「そうなの。お互い譲らずで。あ、布が千切れた」
「拾うの速いですね〜、まんば様。これは良いネタかも」
「鈴谷さんも速いわね。あら、今度は破れた方を引っ張り合ってる。……って、青葉さん」


「何です?」――――そう言う顔はきょとんとしている。私に何を咎められているのか、全く分かっていない表情だ。


「また江雪様を放って新聞を書いているの? 駄目よ。神の娘は、神のお傍についているものよ。それと、小烏丸様の撮影は禁止です」
「えぇ〜。折角の大チャンスなのに〜。江雪様は大丈夫ですよ。衣笠がいますもん」
「この間もそんなことを言って、衣笠さんを困らせたじゃない」
「江雪様ってば、ネガティブなことしか言わないから、ずっと一緒にいると疲れちゃうんですよね〜」
「もう……」
「それに、こないだの事件でなおのこと鬱ぎこんじゃってるし、少しは面白いネタを提供してあげたいじゃないですか〜」


 こないだの事件、という言葉で、私は次に言うべき言葉をなくした。青葉の主神が気落し、世をはかなむお心は嫌でも分かる。そしてそんな彼を励ましたい、という青葉の気持ちが本当なら……いや、本当に違いない……取材云々を咎める自分を、むしろ咎めたくなる私だ。


「……」
「大和さんも、そろそろ覚悟しといた方が良いですよ。常世ここが――――あの日のようになる、ってこと」


 戦争の記憶を、瞼の裏に見る。青葉の言っているあの日とは、それであるに違いなかった。瞼を開けば、今がある。  いつの間にか青葉は消え、神と鈴谷も居なくなっていた。風が凪ぐ。その時、ふ、と、小烏丸様は瞼をお開きになった。濡羽色の双眸が、私を見上げる。


「どうした、我が子よ。この父が寝ている間に、胸が悪くなるようなことでもあったか」


 微笑んで、腰をお上げになる小烏丸様。


「……いえ。ザラさんたちが、そろそろ帰港する頃かと、思いまして」と言うと、それで察してくれたらしい。一つ頷いて後、お手を出される。赤い紐を差し出すと、それをお取りになって後ろ髪を上の方で結い上げた。いつものお姿だ。


「大和よ。足は痛くないか」
「ええ、全く痛くありません」
「ならばよい」


 小烏丸様は、元は軍艦だった神の娘私たちを、同じ鉄のえにしと言って父と振る舞う。事実彼より年増の娘なんていないから、誰も抗うことはない。お優しく、かつ神威のあるお方なので、皆、彼を畏敬している。


 だけれども……時々、小烏丸様が真に私たちを想ってくれているのか、分からなくなる時がある。


 それは御身から放たれる妖婉さが理由かもしれない。感情の起伏を感じさせないお顔と、お言葉のせいかもしれない。そして私の不安は「こないだの事件」でいっそうじりじりと、差し迫るように私の心を焼いている。最も疑ってはいけない身でありながら、私は要らぬ憐憫がゆえに、神の御意向にほんの少しでも、そむいている。



 ザラの率いる一隊が、御社殿に帰ってきた。


「ご報告します」――――父に対面し、礼をした後ザラは、その一声から言葉を始めた。


「まず、四月七日に北方海域に出現した異形は、記録に残っている『深海棲艦』と酷似している、とのことで一致しております」
「ふむ。それで、その目的は」
「明確な目的は不明です。対応に当たった艦娘によりますと、深海棲艦の声らしきものを聞いた艦はいないとの回答でした。しかしMa……」


  Ma、ののちのザラの口が、少しまごつく。


「深海棲艦の発生時、現世で『異変』が起きていたとの報告があります。これはまだ、詳しく精査する必要がありますが……」
「異変とは具体的になにか、分かっておるのよな」


 小烏丸様が微笑まれると、途端、ザラは口を閉ざした。他の神の娘も、誰ひとりとして代弁しない。辺りが重苦しい沈黙に包まれる。


「おや、我が子らよ。父にだんまりとは酷い。鉄の縁は尽きてしもうたか」


 と、仰有ったきり、父もだんまりを決め込んだおつもりのようで、脇息きょうそくに左の肘をお掛けになって、ただただ此方を面白そうに眺めておられる。 なおザラは口を開かない。その態度こそが「異変の理由」を小烏丸様に、如実に伝えているに違いなかった。


「……小烏丸様」


 こういう時、口添えをする。私は自然、その立場を取ってきた。今回もそうであらねば、と、自分を奮い起たせて声を上げれば、待っていたと言わんばかりに小烏丸様は小首を傾げ、薄く閉ざしていた瞼をお開きになる。


「うん」
「僭越ながら、この大和……『浄化作戦』は、困難ではないかと存じます」


 神の娘はざわついた。この言葉が、父への抵抗を意味することは、無論承知の上だ。だけれど父は、笑みを全く崩すことのないまま私を見ると、「何故そう思う。申してみよ」と、仰有る。


「人類には……神々の意思など、通じません。神々にとっては善でも、人々の善には、なりませんでしょう」
「乃ち大和。神々の意思は悪である、と、そう申したいのかな」
「いえ……そうではなく……何か、他に方法はないものかと……思いまして」


 小烏丸様は、私をからかっているおつもりなのだろうか。愉快げにお笑いになる。


「神々の意思は我ら鉄の者たちには、心苦しいことよな。だが上なる神々は我らよりずっと永く、現世を見つめてこられたのだ。我らにも分からぬ『善』があるのやもしれぬ」


 ……そう言われては、とりつく島もない。上なる神々が何を見てきて、何を思い、そして「彼ら」を世に放つに至ったのか……なんて。想像することすら烏滸がましい。

 私が黙るのをご覧になった小烏丸様は、それまで口許にあてていた右袖を、おもむろに広げた。この場の娘たちひとりひとりを具に確認するように、ゆっくり目線をお移しになりながら……こう仰有る。


「同じ鉄の誼とて、この父も艦隊には詳しくないのよ。近代戦術に詳しい者が、お前たちを指揮するでな。明日には港に着任することになっておる」
「それはつまり、提督、ですか?」

 ――――ザラが、恐る恐るとばかりに尋ねる。そうよ、と、父が頷くと、神の娘たちはまた、ざわついた。


「お前たちにはたいへんな苦労をかける。若しも今後、気になることがあったなら、遠慮せずにこの父に述べてみよ。いつもの通りで構わんのでな」
「じゃあ、Pap?? 任務中にお酒は飲んでも良いの〜?」
「ポーラ!」
「この父は先も言った通り、艦隊勤務に詳しくないのでな。あまりそれについて、でしゃばったことは言えぬな。艦隊のことは、ザラに訊くとよい」
「え、ええ〜。駄目ってことじゃないですかぁ〜」


 ザラがほっと、胸を撫で下ろしている。


「先ほど江雪左文字が言うたところによれば、艦娘はそれの配された神を問わずに選抜される。乃ち、この卯の社殿にいる他の神の娘と混ざって艦隊が組まれる、ということだ。大和よ」
「! はい」
「その中で、やはりお前の存在は大きいであろう。恐らく、お前が提督の補翼ほよくを任される。心してかからねばならぬ」
「……はい。勿論」
「かと言って、あまりに頑を張ってはならぬ。お前はいつも、頑張りすぎる。遥か昔に沈んだのも、それが理由であろう」


 遥か昔、とは皮肉で仰有っているのだろう。だけれども、気遣いのお言葉であることは確かだから、私はもう一度、「はい」と頷いた。――――「有難うございます。気を付けます」


 小烏丸様は微笑まれ、のち、私から視線を外された。どこか遠くを見ているという風に、肘を脇息に置き直し、頬杖をおつきになる。



 ほうっと、溜め息。やはり父の目は、娘の誰をも見ていない。


「次の戦いなるものが、なければ良いのだがな」


 仰有りながら、小烏丸様は。
 きっと、「ある」と思ってその方向に、視線を流しておられるのだ。


(2)を読む




【刀艦小説B】【一覧】
陽神の子ら(1)